リターンライダー奮闘記

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zoom RSS ホンダコレクションホール探訪 その2

<<   作成日時 : 2015/03/05 00:14   >>

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二輪展示室の奥には、60年代後期から70年代にかけて販売されていたバイクが展示されていた。このコーナーは「ホンダドリームCB」と名付けられたオンロード系スポーツタイプのバイクである。
このCB350エクスポートは、1970年(昭和45年)に販売されたバイクで、その当時中学生だった自分にとっては眺めているだけのバイクで有った。しかし、このバイクの思い出は何と言ってもテレビで放映されていたホンダバイクのCMと、そのCMソングの『君に分るはずがない』であった。テレビCMは下のパンフレットのような若い男女がCB350エクスポートにタンデムで乗り、緑のワインディングロードをさわやかに疾走して行く内容だった。
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当時のパンフレットがまるっきり70年代のスタイルである。それにしても以前でもこのブログでも書いたが、ホンダCMソング『君に分るはずがない』は名曲である。勿論自分でそう思っているだけであるが・・・。とくに信州の山岳ロードをツーリングしている時にヘルメットの中でハミングするは常にこの曲である。とこの曲を思い出すたび何故か懐かしく、ほっろと感じてしまうリターンライダーなのであった。(^^;
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CB750Four、CB500Four、CB400Four の4サイクル4気筒エンジン搭載のホンダドリーム一連のシリーズである。CB350Fourは残念ながら展示されていなかった。
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自分がバイクを乗り始めた頃、師匠の乗っていたCB500Fourである。CB500Four のキャッチフレーズは『静かなる男のため』だった。
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その当時、晴天の霹靂のような免許制度改正により、自分は中型限定免許を取得した最初期のライダーだった。よって小型自動二輪から乗り始めた自分の2台目のバイクがCB400FourUだったのである。
この展示車は限定解除をしなくては乗れない排気量408ccのCB400Four である。よってその当時ホンダは、排気量を398ccにストロークダウンし、中型限定免許でも乗れるCB400fourTとUを販売した。Tはローハンドル仕様、Uはセミアップハンドル仕様だった。398ccのTとUのサイドカバーは黒だった。408cc仕様はタンクと同色だった。よって双方の見分け方はサイドカバーの色で判別できた。このCB400Four のキャッチフレーズは『おまえは風だ』」だった。
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やはり自分が昔乗っていたバイクは懐かしい。メーター廻りを撮影した。この時代、自動二輪車の制限速度は高速道で80km/hだった。よってスピードメーターの80km/h以上の目盛は赤色標示であったし、アッパーステムの中央に有る赤い速度警告灯は80km/h以上になると点灯してライダーに速度超過を知らせたのである。
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70年代中頃、バイク雑誌などで物議をかもしたのがこのエアラだった。何せ当時は大型バイクではめずらしかった半オートマチックミッションを装備したナナハンだったからだ。当時ホンダ四輪車の主力だったシビックやアコードに搭載していたホンダマチックの技術をこのバイクに流用していたのだ。
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エアラのメーター廻り。右メーターはインジケーター、中央の標示はホンダマチックと同じN:ニュートラル、L:ローレンジ、☆:スターレンジ、で構成されており、半オートマチックで左足でセレクターレバーを操作した。そこはM/Tと同じであったがクラッチ操作は無く、勿論クラッチレバーも無い。エアラはバイク雑誌などでは話題になったが、実際に街中で走っているのを見た記憶がほとんどない。残念ながら斬新な機構を持つのに印象が薄いナナハンであった。
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まったく話しが脱線するが、この70年代中期自分は 《蘭ちゃん命》 だったのを急に思い出した。それにしてもスーちゃんがもう逝ってしまったとは・・・。(--) その当時、自分は年下の男の子だった。今は年下のおじさん。ほぼ同じあの頃、《奈々ちゃん命》でもあった。あ〜ぁ胸キュン(^^;

このGL400はその当時、諸所新規な設計で造られたバイクだった。自分の記憶では最初GL500として販売され、次に中型限定免許で乗れるGL400が販売された。エンジンはOHV縦置V型エンジンで、GL400の場合、内径730mm×行程474mmの超ショートストロークエンジンで、最高出力は40ps/9,500rpm、OHVなのにかなりな高回転エンジンだった。また給排気系統はクランクシャフトに対して傾斜していた。駆動力伝達はシャフトドライブ式だった。
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80年代初期のバイクであるが、GL500の派系であるCX500Turbo、国内では販売されず輸出用バイクだった。最高出力は500ccなるも82ps / 8,000rpmを誇った。このCX500Turbo、自分も当時の東京モーターショーで輸出車として展示されていたのを覚えている。
では、何故500ccで、排気量規制(国内販売は750cc以下)に該当しないのに国内販売が出来なかったのか? 理由として今度は馬力規制に引っ掛ってしまったのだ。当時、50cc/7.2ps、125cc/22ps、250cc/45ps、400cc/59ps、750cc/77ps以内と細かく分類され、該当しない排気量は、該当する前後の排気量規制に比例して規制値が付けられた。500ccならば、400ccの規制値と、750ccの規制値を比例填補して規制値を算出すると言うことである。ここでは実計算しないが、すでにCX500Turboは82psで、750ccの規制値77psを明らかにオーバーしているため、国内販売が出来なかったのである。そんな高出力バイクはけしからん!と、如何にもお役所が言いそうなことである。憤るのは、お役所が直接手を出さず、業界規制(自主規制)としたことにあるのである。
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ホークV・CB400Nは70年代後期に販売されたバイクである。CB400Fourなどの4気筒エンジンを搭載した一連のシリーズが販売終了後に、ホークU・CB400Tが販売され、このホークUは丸いやかんタンク、やや高めのアップハンドル、組み立て式のコムスターホイール、OHC3バルブ(吸気2・排気1)CDI点火方式のショートストロークエンジンが特徴のバイクだった。その後、丸いタンクから四角いタンクにマイナーチェンジ後、(その四角いタンクは、最初はエアラと同じホンダマチックを装備したオートマチックのホークUだった) そのホークUをベースにカフェレーサースタイルにチェンジしたのがこのホークV・CB400Nであった。

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その3に続く

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
いやぁ 懐かしいですねぇ。
高校時代の友達が当時ホンダのエルシノア(名前が違うかも)っていうオフ車っぽいのに乗っていたのを思い出しまし
た。私自身は、CB750k1っていう重いのを大学生の頃に先輩から譲ってもらって乗っていたんですが、オイル漏れが酷くて手放してしまいました。後悔してます。ホンダの歴史は日本の歴史でもあるし、がむしゃらだった青春の歴史でもありますね。良い所を紹介してくださってありがとう。
アボガド
2015/03/08 23:14
アボガトさん、いつもコメント有難うございます。
戦後のまだ弱小企業だったホンダが、本田宗一郎さんの「夢」で「世界のホンダ」に昇り詰めて行くのを、戦後日本の高度成長期と共に、私達の世代は少年時代から同時進行で見て来ました。その思い出はまさに強烈でした。ホンダの歴史は日本の歴史、同感です。
私が国産バイクに乗りこだわるのは、そのバイクの良さや性能もさることながら、私達戦後の昭和の少年達の熱き「夢」がそこに詰まって居るからなのです。その思いは私達の青春そのものなのです。
なんか昔の青春ドラマのセリフような(^^;
彗星
2015/03/10 00:27

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