1992年の北海道(道東)ツーリング その1

コロナ緊急事態宣言下、自分は現在在宅勤務をしている。と言っても3月末で引退の身、(^^; 事実上3月から毎日が土日となる次第である。振り返ればあっと言う間の勤め人生活であった。
在宅なので、今後の生活のため家の中の整理整頓をして老後生活にそなえようとしたら、古いアルバムが見つかった、なななんと、以前から捜索していた1992年 (平成4年)にバイクの師匠と自分とで、同じ機種のヤマハ XJ750D を2台連ねての「北海道道東ツーリング」のアルバムであった。

1992年と言うと今から29年前のことである。記憶に頼りながらこの時のツーリングをレポートしてみる。
当時自分は36歳であった。師匠はクラスメイトなので同い年である。

ツーリング日程
1992年(平成4年)8/22~8/28 行きフェリー内2泊、道東3泊、帰りフェリー内1泊

ツーリングコース
東京(フェリー)「泊」⇒釧路⇒(391)釧路湿原(391)⇒(272)中標津⇒標津⇒(335)知床横断道路⇒(344)ウトロ「泊」
ウトロ(334)⇒斜里⇒(391)屈斜路湖(52)⇒摩周湖⇒川湯温泉「泊」
川湯温泉(52)⇒弟子屈(241)⇒阿寒湖(240)⇒足寄(241)⇒帯広「泊」
帯広⇒(236)幸福⇒(236)⇒(38)浦幌⇒(38)釧路⇒フェリー「泊」⇒東京

出発直前、当時自分が勤務していた会社の駐車場で師匠と合流。
大東京火災千住SCにて.jpg

東京港有明フェリー埠頭、乗船する近海郵船の「ブルーゼファー」の前にて。
有明フェリー埠頭 .jpg

1992年当時、東京港から苫小牧行きの「日本沿海フェリー」と、釧路行きの「近海郵船フェリー」の二便があった。
近海郵船にはこのツーリングで乗船する「ブルーゼファー」と、「サブリナ」と言う二隻の同型船が就航していた。
東京⇔釧路は、1972年~1999年 就航していた。

ブルーゼファー(BLUE ZEPHYR)
1990年7月竣工。12,524総トン。全長186.5m、幅24.8m、
航海速力23.2ノット(最大25.4ノット)。
定員694人。
車両積載数:トラック170台、乗用車140台。
ブルーゼファー.png

記憶の限りであるが東京~釧路は乗船時間は31時間だった。
深夜に東京港を出港し、微速で東京湾を出て、房総半島を回頭し翌日明け方ごろに茨城県沖を通過しそのまま東北地方沖を航行、
岩手県沖付近で外洋と言っても良いくらいの太平洋に出てる。そこで日没、翌早朝に釧路着であった。

乗船時間が長いので、船長さんの好意で「艦橋操舵室」の見学会が催された。
ブルーゼファーの艦橋操舵室で「はいポーズ」
中央の白い制服姿が船長さんである。
ブルーゼファー艦橋 その1.jpg

艦橋操舵室の双眼鏡を借りて、洋上を鑑賞してみた。「よーそろー」
ブルーゼファー艦橋 その2.jpg

3年前の1989年、道央ツーリングの時は、苫小牧行きの「日本沿海フェリー」に乗船した。この航路はまさに会社名とおり沿海の航路を航行するのであるが、「近海郵船」は外洋と言っても良いくらいの航路なので、海の色が群青と言っていいくらい綺麗な濃い青色である。この日初めて「海ってほんとうに綺麗だ!」と思った記憶が鮮明にある。

乗船二日目の早朝に釧路港に着いた。フェリーから下船直後、釧路上陸を記念撮影。
釧路港.jpg

その2に続く。

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