限定解除 余話その2

現在、自動二輪免許は、平成8年の法改正で普通自動二輪免許、大型自動二輪免許と別個な免許制度になっており、普通自動二輪は16歳から、大型自動二輪は18歳から取得できることになっている。法改正前は自動二輪は16歳から取得できた。よって通学している高校が「三ない運動」でもしていない限り、高校生でも中型限定免許を所持していれば限定解除は受けられ…
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限定解除 余話

当時、自分が府中試験場で限定解除にチャレンジしていた約2ヶ月くらいの間、自分が知る限りであるが、最短は4回目で合格したライダーがいた。年の頃は20歳代後半くらいの人で、バイク乗りの服装も優等生的で決まっていた。あのでかいスズキGT750をよく乗りこなしていた。内周コースから外周コースに出てしまうと、内周コース控室から試験車も追尾車も2台…
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昭和のバイク映画

当時『星空のマリオネット』と言う映画を見た。当時の世相を反映した内容の映画だったが、何故か今もって思い出深い作品である。都心の大きい封切り館では無く、都内の狭い映画館で上映していた。ATG系の映画だったような。 ストーリーは、東京近郊のある地方都市、主人公の暴走族のリーダーと、シンナー中毒の少年、奔放に生きる若い女性、リーダーの寡の父…
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メンテナンス

相棒のV-Strom650にはメインスタンドが標準装着されていない。サイドスタンドのみである。アドベンチャーツアラーと言うジャンルのバイクはオフロード、トレール車からの派系意識が強いのであろう。従来からオフロード、トレール車はサイドスタンドだけであった。と言ってもV-Strom650はオンロードとしての要素も強く、ディアルパーパスとか、…
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秋の信州ツーリング

錦秋の中に、紅葉を見るべく信州ツーリングに行って来た。払暁5時に出発したがさすがに紅葉シーズンである。中央道は府中付近から混雑気味であったが運よく流れていた。ある程度の速度で流れていれば四輪車に追従して、すり抜け走行はしないようにしている。これが後1時間でも遅かったら渋滞していたと思われる。早朝だったため小仏トンネルを過ぎ、相模湖IC以…
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獅子顔と鳥顔

V-Strom650の追加車種が販売されたとのこと。バイク雑誌でも宣伝されていたし、スズキ株式会社のHPを見たところV-Strom650XT と言う機種がUPされていた。大きな違いはフロントカウルの形状で、いわば鳥顔である。HPでも鳥類のくちばしを連想させる形状と記している。その他は、前後ホイールをスポークホイールに変更したとのこと。H…
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限定解除 総括

今年の春先に20年ぶりにバイク乗りに戻った。いわゆるリターンライダーである。50代後半で、もう少しで還暦である。よって加齢による体力と運動神経低下は否めない。幸い登山もしているので、それほどの低下は無いと自負しているが、独りよがりであろう。20代、30代とは訳が違う。 相棒にしたスズキV-Strom650を運転するために特別な体力増強…
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限定解除 その6

外周コースに出ても不合格だった日から数日後、府中試験場に向かった。専門校の授業も気になるが限定解除はさらに気になっていた。安全確認不足と指摘されて、アピールの仕方に問題があると思った。自分はその当時、白いジェットヘルメットを被っていた。それに交通安全週間中に警察が配っていたヘルメット用の白い反射テープを張っていた。白のヘルメットに白いテ…
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限定解除 その5

府中試験場の内周コースにおいての停滞と言うか沈没は、事前審査を含めればもう10回以上となり、外周コースに出られないまま、チャレンジ開始からすでに2ヶ月目に入っていた。受験者仲間も次々に合格して1人去り、2去り、3人去りとなって来て、今度は新顔の受験者が来ると言う次第だった。 12~13回目くらいだったろうか(正しい回数は失念)その日は…
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霧ヶ峰 ビーナスライン

自分の家は代々の江戸っ子で、一族郎党もほとんど江戸っ子である。コーヒーでは無くコーシィーとなる。親父(故人)は大学時代の友人で長野県の人が居て仲が良かったそうだ。そんな訳で親父は長野県によく行ったそうだ。戦時中に志賀高原でスキーをしたと話していた。登山も好きだったらしいが、槍穂高と言った険しい岩稜帯ではなく志賀高原、霧ヶ峰、蓼科高原、高…
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N試験官とW試験官

限定解除チャレンジ中、印象に残った試験官はN試験官とW試験官だった。 自動二輪の試験官はおおよそ5~6名の試験官がいたであろうか。その中で最先任は何と言ってもN試験官であった。試験開始前に注意事項等の説明があるが、N試験官は試験合格のノウハウを短時間ではあるが教示してくれるのである。印象に残った言葉があった。「バイクは機動性のある乗り…
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昭和のバイクCM

昭和40年代中期、自分が中学生だった頃、テレビでホンダのバイクCMが放映されていた。CB250か350エクスポートに男女が二人乗りで、高原のスカイラインを疾走する映像だった。 メロディーも歌詞も全部覚えている訳ではないがリターンライダーとしてツーリングの際に走りながらヘルメットの中でハミングしてるのがこの曲である。上記の覚えている限り…
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限定解除 その4

昭和50年代初期の府中試験場の限定解除技能試験(実技)の様子を述べてきたが、技能試験はどの車種でも減点法である。受験者はバイク運転技術、道交法順守による安全確認、安全運転など諸々が減点対象になり、さらにバイク乗車に相応しい服装(ヘルメット、グローブ、ブーツは必携)、常識ある運転者としての態度も減点対象!?になったと思えるほどだった。また…
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限定解除 その3

事前審査で不合格だったのは、8の字取り回し時のラインの確認不足と、切り返し不足による脱輪だったので、2回目の事前審査の際、この2点を注意して再挑戦した。2回目で事前審査はクリアーした。事前審査は一旦クリアーすれば次回からは免除され、内周コースから試験開始となる。 試験車は事前審査と同じ機種、スズキGT750である。エンジン始動から始ま…
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限定解除 その2

府中試験場は、鮫洲試験場の混雑緩和のため、また多摩地区都民の利便性のために開設された試験場だった。前を通る「東八道路」も真新しかった。この道路、当時は幹線道路とあまりよく繋がっておらず(現在も中途半端な道路であるが)日中の交通量も少なく、CB400FourⅡで軽快に走って試験場に通えた。工科系の専門学校に通学しながらの限定解除作戦行動だ…
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限定解除 その1

自動二輪車免許(中型限定)を取得し、CB400FourⅡに乗り始めてから約1年くらいが経過したころ、限定解除にチャレンジし始めた。バイク雑誌の限定解除特集記事を読んだりして「ナナハン免許」が欲しくなったと言う次第である。 その当時(昭和52年)、鮫洲運転免許試験場、府中運転免許試験場の双方で限定解除審査は実施されていたが、狭くて混んで…
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バイク雑誌

昭和40年代後期~昭和50年代初め、バイク雑誌は現在のような千万無量ではなかった。 老舗雑誌(月刊)であるオートバイ誌、モーターサイクリスト誌は別格で内容もレベルが高かった。よって立ち読み専門。 ヤングマシン誌(月刊)やミスターバイク誌(確か隔週刊だったような?)はその名通り若年者向けで、親しみやすかったが、立ち読みが多かった。 …
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バイクの師匠

自分にはバイクの世界に引き入れた師匠がいる。師匠と言っても実は高校の同級生である。 その友人は在学中に自動二輪の免許を取った。学校に隠れての取得である。よって友人の免許は規制前の「ナナハン免許」である。 友人はCB500Fourに乗っていた。こっそり某場所某敷地内でその友人のCB500Fourを運転させてもらったが、20mも行かない…
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自動二輪免許 その2

自動二輪免許の改定で、晴れて中型限定ライダーとなった自分だが、あこがれのホンダCB350Four購入のための資金はアルバイトを頑張ってもなかなか貯まらない。そうこうしているうちにカフェレーサータイプのCB400Fourの最初期型が市販された。だがそれは排気量が408ccで中型限定免許では乗れなかった。免許の関係でホンダは排気量を398c…
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二輪車規制

現在も自動二輪車の走行規制をしている場所もあるだろうが、 昭和40年代後半から昭和50年代初めの二輪車規制に、 どのようなものが有ったか記憶に残る限り述べたい。 ・免許規制。 ・乗車用ヘルメット着用義務化。 ・二輪車メーカーへの750cc規制。 ・昭和通りのアンダーパスや赤坂立体に見られる二輪車通行禁止規制。 ・都心部夜間…
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