テーマ:限定解除

限定解除 総括

今年の春先に20年ぶりにバイク乗りに戻った。いわゆるリターンライダーである。50代後半で、もう少しで還暦である。よって加齢による体力と運動神経低下は否めない。幸い登山もしているので、それほどの低下は無いと自負しているが、独りよがりであろう。20代、30代とは訳が違う。 相棒にしたスズキV-Strom650を運転するために特別な体力増強…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

限定解除 その6

外周コースに出ても不合格だった日から数日後、府中試験場に向かった。専門校の授業も気になるが限定解除はさらに気になっていた。安全確認不足と指摘されて、アピールの仕方に問題があると思った。自分はその当時、白いジェットヘルメットを被っていた。それに交通安全週間中に警察が配っていたヘルメット用の白い反射テープを張っていた。白のヘルメットに白いテ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

限定解除 その5

府中試験場の内周コースにおいての停滞と言うか沈没は、事前審査を含めればもう10回以上となり、外周コースに出られないまま、チャレンジ開始からすでに2ヶ月目に入っていた。受験者仲間も次々に合格して1人去り、2去り、3人去りとなって来て、今度は新顔の受験者が来ると言う次第だった。 12~13回目くらいだったろうか(正しい回数は失念)その日は…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

N試験官とW試験官

限定解除チャレンジ中、印象に残った試験官はN試験官とW試験官だった。 自動二輪の試験官はおおよそ5~6名の試験官がいたであろうか。その中で最先任は何と言ってもN試験官であった。試験開始前に注意事項等の説明があるが、N試験官は試験合格のノウハウを短時間ではあるが教示してくれるのである。印象に残った言葉があった。「バイクは機動性のある乗り…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

限定解除 その4

昭和50年代初期の府中試験場の限定解除技能試験(実技)の様子を述べてきたが、技能試験はどの車種でも減点法である。受験者はバイク運転技術、道交法順守による安全確認、安全運転など諸々が減点対象になり、さらにバイク乗車に相応しい服装(ヘルメット、グローブ、ブーツは必携)、常識ある運転者としての態度も減点対象!?になったと思えるほどだった。また…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

限定解除 その3

事前審査で不合格だったのは、8の字取り回し時のラインの確認不足と、切り返し不足による脱輪だったので、2回目の事前審査の際、この2点を注意して再挑戦した。2回目で事前審査はクリアーした。事前審査は一旦クリアーすれば次回からは免除され、内周コースから試験開始となる。 試験車は事前審査と同じ機種、スズキGT750である。エンジン始動から始ま…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

限定解除 その2

府中試験場は、鮫洲試験場の混雑緩和のため、また多摩地区都民の利便性のために開設された試験場だった。前を通る「東八道路」も真新しかった。この道路、当時は幹線道路とあまりよく繋がっておらず(現在も中途半端な道路であるが)日中の交通量も少なく、CB400FourⅡで軽快に走って試験場に通えた。工科系の専門学校に通学しながらの限定解除作戦行動だ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

限定解除 その1

自動二輪車免許(中型限定)を取得し、CB400FourⅡに乗り始めてから約1年くらいが経過したころ、限定解除にチャレンジし始めた。バイク雑誌の限定解除特集記事を読んだりして「ナナハン免許」が欲しくなったと言う次第である。 その当時(昭和52年)、鮫洲運転免許試験場、府中運転免許試験場の双方で限定解除審査は実施されていたが、狭くて混んで…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more